
突然発表されたAnkerの自主回収
先週のニュースで、Ankerがモバイルバッテリーの自主回収を発表したという記事を見た。
対象は「Anker PowerCore 10000」シリーズの一部(製品型番:A1263)。
事故が起きたからリコールではなく、あくまで「事故防止のための自主回収」とのこと。
原因は「電池セルの製造過程に不備があった可能性」。
僕の持っているPowerCore 10000(まさにA1263)もドンピシャで該当していたので、
Ankerの公式サイトに飛んでシリアル番号を確認してみた。
結果は“対象外”。正直ほっとしたけれど、逆に「なぜこんな事態になったんだろう」と気になった。
原因は「電池セルの製造過程の不備」
ニュースリリースによると、原因はセルを製造していた中国の「Amprius/Apex社」の工程不備。
リチウムイオン電池のセルというのは、製品の心臓部。ここに問題があると話が根本から揺らぐ。
さらに深堀りして調べてみると、IEEE802.jpの記事に詳細が出ていた。
このAmprius/Apex社は業界でもかなりの大手で、これまで多くのブランドに供給してきた。
ところが、今回の件で「3C認証(中国の国家安全基準)」の監査で製造工程の不備を指摘され、
なんと認証そのものが取り消しになったという。
中国では監査が監査が甘いと言われることも多いが、その中国で認証取り消しまで至るというのは、よほどの事態だ。
3C認証とは?そしてその意味
3C認証(China Compulsory Certification)は、日本でいうPSEや欧州のCEマークのようなもので、
安全基準を満たした製品に付与されるマークだ。
この認証を持たない製品は、中国国内では販売すらできない。そして、最近では中国国内の飛行機にモバイルバッテリーを持ち込む際は、3C認証が必須になった。
つまり、3C認証の取り消しというのは、「安全基準に適合しない状態になっていた」ということ。
しかもAmprius/Apexのような大手が対象になったのは、かなり異例。
報道によると、製造ラインの一部で材料混合プロセスや乾燥条件に問題があり、
電解液の封止工程でも品質のばらつきが見られたらしい。
これはリチウムイオン電池では致命的。小さなズレが発熱や発火に直結する。
Ankerの対応 ― 自主回収という判断
Ankerは今回、あくまで「事故は発生していない」と明言している。
つまり、まだ何も起きていない段階で自主的に回収を決めたわけだ。
この対応スピードは率直にすごいと思う。多くのメーカーは、実際に事故が起きてから動く。
それを未然に防ぐ形で回収に踏み切ったのは、かなりのコストを覚悟しての判断だろう。
そして現在は、別のセルメーカーに切り替えて生産を再開しているとのこと。
どうやら新しい供給元は、品質面で定評のある優良工場らしい。
Ankerがこの件で得た教訓は大きいはずだ。
製造工程の現実 ― 現場は「監査用」と「日常用」が違う
ここで少し、製造現場の話をしたい。僕も仕事で中国の工場を監査する機会がある。(リチウムイオン工場ではない)
いつも感じるのは、「監査の時は完璧、終わった瞬間に元に戻る」という現実。
監査の時は、ラインが整然と整い、作業者も全員マニュアル通りに動いている。
でもその“理想的な状態”は、あくまで見せるため。
監査が終わると、彼らはすぐに「いつものやり方」に戻す。
理由を聞くと、「監査時の方法だと効率が悪い」「手が疲れる」「スピードが出ない」など。
結局、人間が現場でやっている以上、効率や慣れの方に流れてしまう。
だからこそ本当に強い工場は、「監査がなくても管理ができる工場」。
でもそんな工場は正直、なかなか見つからない。
だからAnkerのように世界規模で製品を展開している会社でも、サプライヤー管理は永遠の課題なんだと思う。
リチウムイオン電池の怖さ
リチウムイオン電池は便利だけど、扱いを間違えると危険。
発火や膨張、発煙の原因になるのは、ほとんどが製造不良か外的衝撃。
つまり、「どう作るか」と「どう扱うか」の2つでほとんど決まる。
電池セルの内部では、正極と負極の間を電解液が満たしていて、
数十ミクロンのセパレーターで仕切られている。ここにわずかな異物が混入するだけで、
ショートを起こして一気に発熱・発火する。
このレベルの精密さを量産の中で維持するのは、想像以上に難しい。
だからこそ、セルメーカーの品質文化がすべてを左右する。
中国製造の課題と希望
今回の件で、「中国製は危ない」という声もあるかもしれない。
でも一方で、中国には世界最高レベルの工場もある。
問題は、「同じ国の中で品質の差が極端に大きい」ということ。
正直なところ、僕がこれまで見てきた中でも、
「このレベルなら日本の工場より優秀」と感じるラインもあった。
ただしそれはごく一部。多くの工場は“見た目はきれいでも中身が弱い”。
Ankerのように真面目に品質改善を続ける会社が増えていけば、
少しずつ状況は変わると信じたい。
消費者ができるリスク回避
僕ら消費者には、どの電池セルを使っているかなんて、普通はわからない。
パッケージにも書かれていないし、メーカーに聞いても教えてもらえないことが多い。
だからこそ、できる対策は限られている。
- 聞いたことのない格安メーカーは避ける。
- 信頼できるブランドを選ぶ。
- 落としたり、熱い場所に放置しない。
- 異臭や発熱を感じたらすぐ使用を中止。
たったこれだけでも、事故の確率はかなり減る。
Ankerのような大手でも、リスクゼロはない。だからこそ、ユーザー側のリテラシーも必要なんだと思う。
最後に ― 信頼は「作り続けるもの」
今回のAnkerの対応は、正直に言えばとても好印象だった。
事故が起きてからではなく、起きる前に動く。これができるメーカーは多くない。
自主回収には莫大なコストがかかるけど、それでも安全を優先した判断をした。
それだけでも十分に評価できる。
モバイルバッテリーは、いまや生活の必需品。
スマホ、カメラ、タブレット……外出時には欠かせない。
だからこそ、安全であることが最も大切だ。
Ankerには、今後も品質重視の姿勢を貫いてほしいし、
僕らユーザーも“安いだけで選ばない”という意識を持ち続けたい。
結局のところ、リチウムイオン電池の品質は「どの工場が作るか」で決まる。
その中で、きちんと工程を守る会社が報われる業界になってほしいと思う。