年末になると毎年感じる、この妙な疲れの正体

12月に入ると、毎年ほぼ同じタイミングで、同じような感覚がやってくる。
何か大きなトラブルがあるわけでもない。
仕事が修羅場というほど忙しいわけでもない。
体調も、特別悪いわけじゃない。
それなのに、どこか疲れている。
はっきりと「ここがしんどい」と言える場所がない分、
この疲れは、ちょっと厄介だ。
若い頃は、こんな感覚はなかった気がする。
少なくとも、ここまで意識することはなかった。
でも50代になってから、年末になると必ず思う。
「ああ、今年も来たな、この感じ」と。
年末特有の、見えない圧
年末って、よく考えると不思議な時期だと思う。
街も、テレビも、ネットも、
どこか一斉に「年末モード」に切り替わる。
今年を振り返ろう。
きちんと締めくくろう。
新しい年を気持ちよく迎えよう。
別に、誰かに直接言われているわけじゃない。
命令されているわけでもない。
それでも、
「ちゃんとしなきゃいけない気がする」
そんな空気だけが、静かに広がっていく。
この空気が、昔は嫌いじゃなかった。
年末は特別で、
ちょっとした達成感があって、
バタバタするのも悪くないと思っていた。
でも今は、その空気に長く浸かっていると、
息が詰まるような感覚になる。
50代になって、変わったのは体力だけじゃない
よく言われるのは、体力の低下だ。
確かに、無理はきかなくなった。
回復にも時間がかかる。
でも、年末の疲れの正体は、
体力だけじゃない気がしている。
むしろ大きいのは、
「気持ちの方」なんじゃないかと思う。
50代になると、
いろんなものが見えるようになる。
やらなくても、本当は困らないこと。
誰も気にしていないのに、
自分だけが義務だと思い込んでいること。
昔からの流れで、
何となく続けてきただけの習慣。
そういうものが、
年末になると一気に表に出てくる。
「ちゃんとしなきゃ」が一番疲れる
大掃除がしんどいわけじゃない。
年末年始の準備が嫌いなわけでもない。
正直に言えば、
掃除そのものは、やり始めれば何とかなる。
疲れるのは、その前だ。
「やらなきゃ」
「まだ終わってない」
「これでいいのか」
そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回り続ける。
何もしていない時間ですら、
どこか落ち着かない。
これが、年末特有の疲れの正体なんじゃないかと思う。
昔は気にならなかった理由
若い頃は、先のことをあまり考えていなかった。
多少無理をしても、
「まあいいか」で済ませられた。
体も、気持ちも、勢いがあった。
でも今は違う。
無理をすると、ちゃんと後に残る。
疲れも、不調も、気持ちの沈みも。
だからこそ、
年末の「ちゃんとしなきゃ」が、
以前より重く感じるのかもしれない。
全部を同じようにやらなくていい
ここ数年で、ようやく思えるようになった。
全部を、昔と同じようにやらなくてもいい。
年末年始の過ごし方も、
人それぞれでいい。
派手じゃなくてもいい。
にぎやかじゃなくてもいい。
正月らしくなくてもいい。
そう思えるようになるまで、
正直、少し時間がかかった。
年末を「好き」にならなくていい
年末が好きな人もいる。
イベントが楽しい人もいる。
それはそれで、いいと思う。
でも、年末がしんどい人がいても、
それもまた普通なんじゃないかと思う。
無理に楽しもうとしなくていい。
無理に前向きにならなくていい。
淡々と過ごしてもいいし、
静かに一年を終えてもいい。
最近の年末は、こんな感じ
最近の自分の年末は、正直かなり地味だ。
昔ほど予定も入れないし、
無理に人に会うことも減った。
やることはやるけど、
「完璧」を目指さない。
できなかったことがあっても、
まあいいか、で済ませる。
それだけで、あの妙な疲れが、
だいぶ軽くなった。
たぶん、これでいい
年末をどう過ごすかに、正解はない。
ただ、
無理をしている自分に気づいたら、
少しだけ力を抜いてみる。
それだけで、十分なんじゃないかと思っている。
この記事を読んで、
「自分も同じだな」と思った人がいたら、
それだけで、今日は書いた意味があった。
今年の年末は、
静かでもいい。
疲れていてもいい。
そんな年末を過ごす人が、
もう少し増えてもいいんじゃないかと思う。