50代で捨てて、正直かなり楽になったもの

「捨てると人生が変わる」
よく聞く言葉だけど、
正直、そこまで大げさな話じゃないと思っている。
人生が劇的に良くなったわけでもないし、
毎日がバラ色になったわけでもない。
ただ、
確実に「楽」にはなった。
50代になってから、
少しずつ、いろんなものを捨ててきた。
今日はその話を書く。
最初に捨てたのは、物じゃなかった
「捨てる」と聞くと、
まず思い浮かぶのは物だと思う。
服とか、書類とか、
使っていない物。
もちろん、物もそれなりに捨てた。
でも、
本当に楽になったのは、
物を減らしたからじゃない。
考え方を、
いくつか捨てたからだと思っている。
捨てたもの①「ちゃんとした大人でいなきゃ」
これが一番大きかったかもしれない。
若い頃から、
無意識に思っていた。
ちゃんとした大人でいなきゃ。
常識的でいなきゃ。
人からどう見られるか、気にしなきゃ。
それが悪いわけじゃない。
でも50代になって、
この意識が、
地味に疲れの原因になっていることに気づいた。
誰もそこまで見ていない。
誰もそこまで期待していない。
そう思えるようになってから、
肩の力が抜けた。
捨てたもの②「昔はできたのに」という比較
これは、かなり厄介だった。
昔はもっと動けた。
昔はもっと頑張れた。
昔はもっと平気だった。
この比較、
何ひとつ良いことがない。
気づけば、
今の自分を責める材料にしかなっていなかった。
50代になってから、
「昔は昔、今は今」と、
ようやく割り切れるようになった。
これを捨てただけで、
かなり楽になった。
捨てたもの③「年末年始はこうあるべき」
これは、ここ数日の記事ともつながる話だ。
年末は忙しくするもの。
正月はそれなりに整えるもの。
こうあるべき、というイメージ。
それを捨てた。
捨ててみたら、
何も困らなかった。
むしろ、
気持ちが軽くなった。
捨てたもの④「人付き合いは広い方がいい」
若い頃は、
人脈が広いことが正義みたいな感覚があった。
でも今は、
そうは思わない。
数より、距離感。
無理をしない関係。
気を使いすぎない関係。
それだけあれば、
十分だと思うようになった。
捨てたもの⑤「期待に応えなきゃ」という思い
誰かの期待。
世間の期待。
自分で勝手に作った期待。
これに応え続けるのは、
想像以上に疲れる。
全部を捨てたわけじゃない。
でも、
応えなくてもいい期待があると気づいた。
それだけで、
だいぶ楽になった。
物も、少しずつ捨てた
考え方を捨て始めると、
物も自然と減っていった。
使っていないのに、
「もったいない」で取っていた物。
捨ててみたら、
何も起こらなかった。
困りもしなかった。
「持っている安心感」より、
「持たない気楽さ」の方が、
今はしっくりくる。
捨てても、不安はゼロにはならない
正直に言うと、
捨てたからといって、
不安が完全になくなるわけじゃない。
先のことは、やっぱり分からない。
でも、
余計な重さは減った。
背負わなくていいものを、
背負わなくなった。
捨てるのは、負けじゃない
捨てると聞くと、
どこか「諦め」や「後退」に聞こえるかもしれない。
でも50代になって思う。
捨てるのは、
選び直すことだ。
今の自分に合わないものを、
手放すだけ。
これからも、たぶん少しずつ捨てていく
これで終わりじゃないと思う。
これからも、
合わなくなったものは、
少しずつ捨てていく。
無理に前向きにならなくていい。
無理に成長しなくていい。
ただ、
楽に生きられる方向を、
選んでいくだけ。
同じように疲れている人へ
もし今、
なんとなく疲れているなら、
何かを足すんじゃなくて、
何かを捨ててみるのも、
ひとつの選択だと思う。
大きな決断じゃなくていい。
小さくていい。
それだけで、
少し楽になることもある。
50代は、
そういう年齢なのかもしれない。