岐阜県50代バイク乗りの備忘録

50歳を過ぎても岐阜県内をツーリング。新しいコース探しをする備忘録です。

三連休明け、思ったより普通だった

三連休明け、思ったより普通だった

成人の日の三連休が終わって、
二日目になる。

正直に言うと、
もっと気持ちが重くなると思っていた。

連休明けは、
だいたい反動が来る。

「また日常か」
「しばらく休みはないな」
そんな気持ちで、
ズンと来るはずだった。

でも、
実際はそうでもなかった。

思ったより、普通だった。

拍子抜けするほど、普通

朝起きて、
支度をして、
仕事に向かう。

特別やる気があるわけでもないし、
極端に嫌な感じがするわけでもない。

ただ、
いつも通り。

「三連休明けって、こんなもんだっけ?」
と、少し拍子抜けした。

連休前に想像していたしんどさ

三連休の最終日には、
決まってこう思う。

「明日から大変だな」
「気持ちを切り替えないと」

まだ起きていない疲れを、
先に想像してしまう。

でも実際には、
想像していたほどのことは、
起きないことが多い。

正月明けの疲れは、もう出切った後だった

よく考えてみると、
正月明けの一番きついところは、
もう通り過ぎていた。

仕事初め。
木曜日の4日目。
あの辺りが、
一番しんどかった。

三連休は、
その疲れを、
少しだけ落とす時間だった。

だから、
連休明けは、
思ったより普通だったのかもしれない。

「普通」に戻る感覚は、悪くない

昔は、
この「普通」が少し怖かった。

特別じゃない日常。
淡々と続く毎日。

何か置いていかれたような、
そんな気がしていた。

でも今は、
この普通さに、
安心する。

大きく落ち込むこともない。
変に気合を入れなくていい。

これでいい、
と思える。

連休明けに気合が入らないのは、自然なこと

三連休明けだからといって、
急にやる気が出るわけでもない。

かといって、
極端にダルいわけでもない。

その中間。

この状態が、
今の自分にはちょうどいい。

50代になると、感情の振れ幅が小さくなる

若い頃は、
休み明けの感情の振れ幅が大きかった。

楽しかった反動。
休みが終わる喪失感。

どちらも、
今よりずっと強かった。

今は、
その振れ幅が小さい。

良くも悪くも、
平坦だ。

でも、それは悪いことじゃない。

「普通」は、意外と体力を使わない

大きく落ち込むのも、
無理に前向きになるのも、
実は体力を使う。

その点、
普通は、
あまり体力を使わない。

淡々と過ごせる。

この省エネ感が、
今の生活には合っている。

期待しすぎなかったのが、よかった

たぶん、
連休明けが楽だった理由の一つは、
期待していなかったことだと思う。

「連休明けはきついはず」
と身構えすぎなかった。

「まあ、普通だろう」
くらいに思っていた。

そのくらいの期待値だと、
現実がちょうどいい。

三連休は、特別なリセットじゃなくていい

連休があると、
つい「リセット」だと思ってしまう。

ここで気持ちを切り替えて。
ここから本気出して。

でも、
そんな大げさな役割を持たせなくていい。

少し休んで、
少し楽になる。

それだけで十分だ。

三連休明け2日目は、だいたいこんな感じ

連休明けの火曜日は、
まだ少し構える。

水曜日になって、
「あ、もう戻ってるな」と気づく。

木曜日は、
「まあ、こんなもんか」と思える。

今日の自分は、
まさにその状態だ。

この「普通さ」を覚えておく

連休明けは、
もっとしんどいと思い込んでいた。

でも、
実際は違った。

この感覚を、
覚えておきたい。

次の連休明けも、
たぶん、
思ったより普通だ。

今日は、水曜日

今日は、
三連休明け2日目の水曜日。

特別な感情はない。
大きな決意もない。

でも、
普通に過ごせている。

それだけで、
十分だと思っている。