最近、平日をやり過ごすだけで精一杯

正月も、連休も、
もう完全に終わった。
カレンダーは通常運転。
仕事も日常も、
特別なことは何もない。
それなのに、
最近は、
平日をやり過ごすだけで精一杯だと感じている。
「こなしている」感覚だけが残る
朝起きて、
支度をして、
仕事に向かう。
やるべきことは、
ちゃんとやっている。
大きなミスもない。
遅れているわけでもない。
でも、
一日を終えると、
「こなしたな」という感覚だけが残る。
充実感とも違う。
達成感とも違う。
ただ、
終わった、という感じ。
頑張っていないわけじゃない
よく誤解されがちだけれど、
頑張っていないわけじゃない。
投げやりでもないし、
手を抜いているわけでもない。
むしろ、
最低限ちゃんとやろうとしている。
その「最低限」が、
今は、
精一杯になっている。
1月後半は、そういう時期だと思う
1月後半というのは、
毎年、
こういう感じになる。
寒さが本格化して、
体がこわばる。
イベントもなく、
楽しみも少ない。
それでも、
平日は淡々と続く。
この条件が重なると、
「やり過ごす」以外の選択肢が、
あまり残らない。
気合でどうにかなる時期ではない
この状態で、
気合を入れ直そうとすると、
だいたいうまくいかない。
「もっと頑張ろう」
「気持ちを切り替えよう」
そう思ったところで、
体がついてこない。
気合で動けるなら、
もう動いている。
50代になると、回復より消耗が早い
50代になって、
はっきり分かったことがある。
回復より、
消耗の方が早い。
一晩寝ても、
完全には戻らない。
週末を挟んでも、
疲れは少しずつ残る。
その状態で平日が続けば、
「やり過ごす」感覚になるのは、
自然だと思っている。
やり過ごす=悪いことではない
昔は、
「やり過ごす」という言葉に、
ネガティブな印象を持っていた。
前向きじゃない。
消極的。
逃げている。
そんなイメージだ。
でも今は、
やり過ごすことも、
立派な選択だと思っている。
全部の平日に意味を持たせなくていい
毎日を、
意味のある日にしなくていい。
成長を感じなくてもいい。
手応えがなくてもいい。
ただ、
無事に終える。
それが積み重なって、
生活は続いている。
「今日はこれでいい」と思えるかどうか
最近は、
一日の終わりに、
こう思えるかどうかを大事にしている。
今日はこれでいい。
完璧じゃなくても、
理想通りじゃなくても、
これでいい。
そう思えたら、
十分だ。
周りも、たぶん同じような状態
表に出さないだけで、
周りの人も、
似たような状態だと思う。
みんな、
普通に見せているけれど、
内側では、
やり過ごしている。
そう考えると、
少し楽になる。
この時期は、耐えるというより流す
耐える、という言葉は、
少し重い。
今は、
耐えるというより、
流す感じだ。
力を入れすぎない。
引っかからない。
平日を、
淡々と流していく。
やり過ごせているなら、それで合格
一週間を終えられた。
平日をやり過ごせた。
それだけで、
合格だと思っている。
もっと何かをしなくても、
もっと頑張らなくても、
今はいい。
今日は、1月28日
今日は、
1月28日。
寒くて、
特別なこともなくて、
平日が続いている。
やり過ごすだけで精一杯。
でも、
それができている。
今は、
それで十分だと思っている。