世間はバレンタインだけど、この歳だと縁がなくなった

2月14日。
世間は、
バレンタインデーらしい。
テレビでも、
ネットでも、
どこか浮かれた空気が流れている。
でも正直に言うと、
この歳になると、
バレンタインは、
ほとんど縁がなくなった。
昔は、もう少し近くにあった
若い頃は、
バレンタインが、
今よりずっと近くにあった。
もらえるかどうか。
誰からか。
職場で配られるかどうか。
特別な期待をしていなくても、
どこかで、
意識はしていたと思う。
良くも悪くも、
イベントだった。
いつの間にか、通り過ぎるだけになった
今は、
カレンダーを見て、
「あ、今日か」
と思うくらいだ。
特別な準備もしない。
特別な予定もない。
職場でも、
特に話題になることはない。
気づいたら、
そのまま一日が終わっている。
縁がなくなった、という感覚
バレンタインに縁がなくなった、
というと、
少し寂しく聞こえるかもしれない。
でも、
実際は、
そこまで悲観的でもない。
ただ、
生活の中で、
重要な位置を占めなくなった。
それだけだ。
期待しなくなった、という方が近い
縁がなくなった、
というより、
期待しなくなった。
何かが起きるかもしれない、
という前提が、
なくなった。
それは、
諦めたというより、
自然にそうなった。
年齢と一緒に、距離ができるイベント
バレンタインは、
年齢と一緒に、
距離ができるイベントだと思う。
誰かに渡す。
誰かからもらう。
そういう関係性が、
生活の中心にないと、
自然と遠ざかる。
無理に参加しなくていい
この歳になって、
バレンタインに、
無理に参加しようとは思わない。
何かを買って、
イベント感を作る必要もない。
乗れないものに、
無理に乗らなくていい。
世間と自分の温度差
世間が盛り上がっている時に、
自分は静か。
この温度差を、
昔は少し気にしていた。
置いていかれている気がしたり、
自分だけ違う世界にいるような気がしたり。
でも今は、
その差を、
そのまま受け入れている。
イベントが減った分、気持ちは楽
イベントを気にしなくなった分、
気持ちは、
正直、楽だ。
期待もしない。
落胆もしない。
ただ、
一日を過ごすだけ。
それで十分だ。
特別じゃない日として過ごす
今日は、
特別な日じゃない。
2月の、
寒い一日。
それ以上でも、
それ以下でもない。
このくらいの扱いが、
今の自分には合っている。
寂しさがゼロというわけでもない
正直に言えば、
まったく何も感じないわけじゃない。
昔を思い出して、
少しだけ、
遠い気持ちになることもある。
でも、
それを大きくしない。
そのまま、
流してしまう。
この歳のバレンタインは、静かでいい
騒がなくていい。
盛り上がらなくていい。
静かに過ぎていく。
それが、
この歳のバレンタインだと思っている。
同じように感じている人へ
もし、
今日という日を、
特別に感じていないなら、
それは、
おかしいことじゃない。
年齢と一緒に、
イベントとの距離は変わる。
それを、
無理に戻さなくていい。
今日は、2月14日
今日は、
2月14日。
世間はバレンタイン。
でも、
この歳の自分には、
特に縁はない。
それを、
淡々と受け止めている。
今は、
それで十分だと思っている。