
川沿いを走りながら考えた、老後のこと
川沿いの道を走っていた。
左手には水面が光り、右手には田んぼが続いている。陽の角度が少し低くなって、水面の照り返しがいつもより眩しい。エンジンの音と、タイヤが路面を噛む感触だけが、頭の中をゆっくり占めていく。風には、もう夏の匂いではない何かが混じっていた。
そんな何でもない時間に、ふと「老後」という言葉が浮かんだ。
正直、自分でも意外だった。バイクに乗っている時というのは、普段なら一番そういうことを考えない時間のはずだったからだ。なのに、その日に限って、頭の隅にずっと居座っていた。信号待ちで一度足を着いた時、川の匂いと、刈り取られたばかりの稲の匂いが混じって、鼻の奥をくすぐった。そんな些細なことまで、妙にはっきり覚えている。
バイクと過ごした30年以上
大型免許を取ったのは、教習所で取得できるようになった、まさにそのタイミングだった。法律が変わって、それまで試験場の一発試験でしか取れなかった大型二輪免許が、教習所に通えば取れるようになった。当時は周りでも話題になっていて、自分もすぐに通いに行った。今思えば、あの頃は「乗れること」自体が嬉しくて、体力のことなど考えたこともなかった。
それから30年以上、ずっとバイクに乗り続けてきた。途中で何年も降りていた時期はない。いわゆる「リターンライダー」とは少し違う立場だと思っている。ブランクを経て戻ってきた人たちの新鮮な気持ちとはまた別の、もっと地続きの感覚で、ずっとバイクと付き合ってきた。乗り換えてきたバイクも一台や二台ではない。今乗っているバイクも、以前より身軽な一台に変わった。それぞれの時期に、それぞれの理由があった。
当時の自分は、これから何十年もバイクに乗り続けることになるとは、あまり深く考えていなかったと思う。ただ、目の前の道を走りたい、その一心だった。今振り返ると、その単純さがあったからこそ、ここまで長く続けてこられたのかもしれない。
だからこそ、自分の体の変化にも、ずっと付き合ってきたつもりだった。今までは。
バイクに乗っている時の「無」の感覚
川沿いの道を流していると、頭の中が少しずつ空っぽになっていく瞬間がある。仕事のこと、家のこと、考えなければいけないはずのことが、エンジン音にかき消されていく。
言葉にするなら、「無」に近い感覚だと思う。風の匂い、路面の温度、川の流れる音。そういうものだけが体に入ってきて、それ以外の情報がすっと抜けていく。気がつけば何キロも走っていた、ということも珍しくない。考えていたはずのことを、走り終えてから思い出せないことすらある。
日常の中で、こんなふうに頭を空にできる時間は、そう多くない。瞑想やジョギングで同じような境地に辿り着く人もいるのだろうが、自分にとってはバイクだった。だからこそ、乗ることをやめられずに、ここまで来たのだと思う。
車にはない緊張感——守られていない体
車には、ボディがある。何かにぶつかっても、その鉄の箱が体を守ってくれる。多少の油断があっても、命に関わるところまでは届きにくい。
バイクには、何もない。事故をすれば、その衝撃は直接体に向かってくる。守られていないという感覚は、常にどこかにある。だからこそ、信号待ちの一瞬、車線変更の一瞬にも、無意識に神経を使っている。
不思議なのは、その緊張感があるからこそ、頭が研ぎ澄まされていくことだ。守られていないからこそ、神経を研ぎ澄ませて走る。その緊張感の先に、さっき書いた「無」の感覚があるような気がしている。非日常の感覚というのは、たぶんこの緊張感のことなのだと思う。安全であることと、何も感じないことは、案外近い場所にあるのかもしれない。年を重ねるほど、この緊張感に対する反応速度も、少しずつ鈍くなっているのを感じる。それも、老後を意識する理由のひとつなのだと思う。
最近、老後のことを考えるようになった
きっかけは、はっきりしている。
ひとつは、体力の変化だ。最近になって、1日100km走っただけで疲れるようになった。昔は300km走っても、平気な顔をして帰ってきていた。同じバイク、同じ自分のはずなのに、明らかに違う。肩や手首に、以前はなかった疲れが残るようになった。休憩の回数も、以前より増えた気がする。
もうひとつは、家族の変化だ。娘が転勤で実家を出ていった。引っ越しの荷物を運び出した後の部屋は、思っていたよりずっと広く感じた。気がつけば、家には妻と二人だけになっていた。食卓に並ぶ皿の数が減っただけなのに、夜の静けさが少し違う。
子どもがいる生活が当たり前すぎて、それがなくなって初めて、「この先の暮らし」というものを意識するようになった。老後という言葉が、急に他人事ではなくなった。
学生の頃、娘を後ろに乗せて走ったこともあった。何度もではないが、その記憶は今でも妙にはっきり残っている。当時は、いつかこんな日が来るとは想像もしていなかった。
体力の衰えと、家族構成の変化。このふたつが重なったタイミングで、川沿いの道を走りながら、ふと「老後」という言葉が浮かんできたのだと思う。
あと何年乗れるのだろう
100kmで疲れるようになった自分の体を感じながら、考える。
あと何年、こうしてバイクに乗っていられるのだろう。
正直、答えは出ない。怖くないと言えば嘘になる。30年以上、当たり前のように続けてきたことが、当たり前ではなくなる日が来る。それを意識し始めただけで、心のどこかがざわつく。周りを見渡せば、同年代で既にバイクを手放した人もいる。体力的な理由もあれば、家族に止められたという話も聞く。自分がいつまでこちら側にいられるのか、誰にも分からない。
同じように、長くバイクに乗り続けてきた人なら、この感覚は分かってもらえるんじゃないかと思う。親の世代を見ていると、ある時を境にぱたりとバイクから離れていく人が多かった。自分もいつか、そうなるのかもしれない。それがいつなのか、今はまだ想像できない。
体力が続く限り、乗っていたい
答えの出ない問いを抱えたまま、それでも今、はっきり言えることがある。
体力が続く限りは、乗っていたい。
無理をするつもりはない。100kmで疲れるなら、それに合わせて走ればいい。距離を短くしてもいい、休憩を増やしてもいい。それでも、エンジンをかけて、川沿いの道を走るあの時間だけは、できる限り手放したくない。
娘がいなくなった家から出て、妻と二人の生活になって、これからの時間の使い方を考えるようになった今だからこそ、余計にそう思う。何年乗れるか分からないなら、なおさら、乗れる今を大事にしたい。妻も、最近はそんな自分を黙って送り出してくれる。それだけで、十分なのかもしれない。
また川沿いの道を走りながら、同じことを考える日が来るのだろう。その時、自分がどんな答えを持っているのか、今はまだ分からない。それでも、走り続けている限りは、その問いを抱えたまま、また同じ景色の中に戻ってくるのだと思う。
そして、バイクを降りた後のことも、少しずつ考えるようになった。移動する楽しみだけは、できる限り続けたい。そう思っていた時に知ったのが、電動バイクと自転車を切り替えられるglafitの二刀流バイク【GFR-02】だ。今すぐ乗り換えるつもりはないが、「その先の選択肢がある」と知っておくだけで、今バイクに乗っている時間がいっそう大切に感じられる。
同じように、年齢とバイクの付き合い方を考えている人がいたら、聞いてみたい。あなたは、あと何年、乗っていたいですか。
答えはまだ出ていない。それでも、出ないまま走り続けることも、悪くないと思っている。問いを抱えたまま走る時間も、結局のところ、自分にとっては大事な「無」の時間のひとつなのかもしれない。