
50代のおっさんが休日にバイクに乗る意味
娘が転勤で実家を出てから、夫婦二人の休日の過ごし方が、少しずつ変わってきた。
以前は、娘の用事や予定に合わせて動くことが多かった。今は、自分と妻、それぞれの時間をどう使うか、もう少し自由に決められるようになった。その変化の中で、休日にバイクに乗ることの意味を、あらためて考えるようになった。
「いい歳して休日にバイクか」と思われることもあるかもしれない。それでも、自分なりに理由があってのことだと、今回は少し開き直って書いてみたいと思う。
妻はバイクに乗ることに反対しない
休日に「ちょっと走ってくる」と言っても、妻は反対しない。趣味が合っているわけではないが、自分がバイクに乗ることに対して理解を示してくれている。これは、ありがたいことだと思っている。
ただ、何でも自由にしているわけではない。買い物や、ちょっとした用事には、ちゃんと付き合うようにしている。「好きにバイクに乗らせてもらう代わりに、必要な時にはちゃんと一緒にいる」。このギブアンドテイクのバランスが、今のところはうまく機能しているんじゃないかと思う。
口に出して約束したわけではないが、お互いに自然とそういう距離感に落ち着いていった。最初からこのバランスだったわけではなく、何年もかけて、少しずつ今の形になってきたのだと思う。喧嘩になったことが一度もないわけではない。それでも、その都度すり合わせながら、ちょうどいい場所を探してきた結果が、今のバランスなのだと思う。
以前、VFR800を部品取り車として手放した日のことを書いた。あの乗り換えがあって今のバイクになり、今の走り方になった。それがこの記事のテーマとも、実はつながっている。
以前、川沿いを走りながら老後について考えたことを書いた時、妻が黙って送り出してくれることについて少しだけ触れた。今振り返ると、あの一言には、こういう日々の積み重ねが背景にあったのだと思う。
お互いの「自由な時間」というバランス
自分がバイクで出かけている間、妻は妻で、自分の時間を過ごしている。友人と会ったり、家でゆっくり過ごしたり、自分の趣味に時間を使ったり。お互いがお互いの時間に干渉しすぎない、という距離感が、今の関係には合っているのだと思う。
休日をまるごと一緒に過ごすことだけが、夫婦にとっての正解ではないのかもしれない。それぞれが満たされる時間を持った上で、また一緒の時間を楽しむ。そのバランスが取れている時、お互いに余裕を持って接することができている気がする。
もし自分が家にいることを妻に求められていたら、おそらく今のような気持ちでは過ごせていなかったと思う。離れる時間があるからこそ、一緒にいる時間のありがたみも分かる。近すぎず、遠すぎず。今の距離感は、長年の中でようやく見つけた、自分たちなりの正解なのかもしれない。
もちろん、これがすべての夫婦に当てはまるとは思わない。子育てが終わるタイミングも、価値観も、家庭によって違う。それでも、自分たちの場合は、この距離感が一番心地よかった。
娘がまだ実家にいた頃の話
娘がまだ家にいた頃は、今ほど自由な時間はなかった。買い物に付き合ったり、家族の用事があったり。バイクに乗れる時間は、限られていた。
それでも、空いた時間を見つけては、短い時間でもバイクに乗っていた。一時間だけでも、近所を一周するだけでも、エンジンをかけることに意味があった。今思えば、限られた時間の中でやりくりしていたあの頃も、それはそれで悪くなかった。今の自由さは、当たり前ではなく、家族の形が変わったことで生まれたものなのだと、あらためて感じる。
当時は当時で、短い時間だからこそ集中して楽しめていた部分もあったと思う。長く乗れる今と、短くても工夫して乗っていたあの頃と、どちらが良かったとは一概に言えない。それぞれの時期に、それぞれの楽しみ方があったのだと思う。
LINEで写真を送る習慣
ツーリング先からは、必ずLINEで写真を送るようにしている。立ち寄った道の駅や、景色の良い場所、休憩している様子。特別な内容ではないが、これを送るようになってから、妻も「今どこにいるか分かるから安心」と言ってくれるようになった。
怒られることがないのも、たぶんこの習慣のおかげだと思っている。何をしているか分からない、というのが一番不安にさせる。逆に言えば、見える形にしておけば、お互いに安心して過ごせる。これは、特別なテクニックというより、ただの気遣いの延長線上にあることだと思う。
返信が来ることもあれば、スタンプひとつだけのこともある。それでも、こうしたやり取りがあるだけで、離れていても繋がっている感覚がある。たいした内容ではないからこそ、毎回続けやすいのかもしれない。
休日にバイクに乗る意味とは
あらためて、休日にバイクに乗る意味を考えてみる。一番はリフレッシュすることだ。エンジンをかけて、知らない道を走るだけで、頭の中が切り替わる。次に、新しい発見をすること。普段通らない道、初めて見る景色、立ち寄った先での小さな出来事。そして、マンネリを打開すること。同じような毎日が続く中で、少しでも違う体験をしておきたい。
もし家にじっと閉じこもっていたら、新しい発見はない。その代わり、安定した穏やかな時間は過ごせると思う。どちらが正しいというわけではない。それでも、自分は前者を選んでいる。
歳を重ねるほど、毎日が似たような形になりやすい。意識して新しいことに触れる機会を作らないと、あっという間に一年が過ぎてしまう気がしている。バイクは、そのための一番手軽な手段なのだと思う。
新しい発見が、夫婦の会話を弾ませる
外で見たもの、食べたもの、出会った出来事。バイクから帰ってきて、それを妻に話すと、会話が弾む。「今日はこんな景色を見た」「こんな店があった」。何でもない話のはずなのに、そういう小さな話題が、家の中での時間を少しだけ豊かにしてくれている気がする。
バイクに乗ることは、自分ひとりの趣味のはずなのに、結果として夫婦の会話のきっかけにもなっている。これは、乗り始めた頃には想像していなかった効果だった。
同じ毎日を過ごしていると、話すことも自然と減っていくものだと思う。外から持ち帰る小さな話題が、それを防いでくれている気がする。妻にとっても、自分の知らない場所の話を聞くのは、ちょっとした息抜きになっているのかもしれないと、最近は感じている。
まとめ:休日にバイクに乗ることが、夫婦に与えているもの
「反対されない」というより、「お互いに支え合っている」という方が、今の関係には近い気がする。バイクに乗る自分を、妻が理解してくれているから続けられている部分もあるし、妻の自由な時間を、自分が尊重できているからこそ、このバランスが保たれているのだと思う。
これから先、体力的に乗れる距離も時間も、少しずつ短くなっていくだろう。それでも、休日にエンジンをかけるという習慣そのものは、できる限り続けていきたい。それが、結果として夫婦のちょうどいい距離感を保つことにも、つながっている気がしている。誰かに強制されて続けているわけではなく、自然とそうなっているところが、一番気に入っている部分かもしれない。
休日の過ごし方は、夫婦それぞれで正解が違うはずだ。あなたの休日の過ごし方は、今、パートナーとどんなバランスになっていますか。